栂海新道を歩く

栂海新道という道がある。新潟県にある日本海の親不知海岸から北アルプス朝日岳までの約27kmを結ぶ登山道だ。
「栂海新道やろうよ。」
山仲間にそう声を掛けられて、自分もSea to Summitの魅力に惹かれ、ぜひ行きたいですと答えた。
どうせ行くなら、栂海新道について背景を知りたいと思い、「アルプスと海をつなぐ栂海新道」という本を読んだ。
この本はかなり良かった。小野健さんが栂海新道を開通させるに至るまでの記録だ。登山道を開拓するとはどのようなことなのかが、さまざまなエピソードと共に書かれている。どのような困難があり、どのような喜びがあり、どのような信念で開拓されたのか。ここを歩くなら、歩く前と歩いた後、2度読むべき本だ。
登りでやるか、くだりでやるか
実施は8月に決まった。当初の予定は栂海新道で日本海から朝日岳まで登ったのち、そのまま雪倉、白馬、白馬槍、唐松、五竜、鹿島槍、爺と来て、種池山荘の分岐から室堂に降りる「栂海新道・後立山テント泊縦走」を構想した。
仲間4人で交通手段やテント場の予約も済ませ、あとは行くだけというところまできた。しかしながら、2025年は極度の渇水でルート上の水場の多くが枯れており、かなりの水を担ぐ必要があることや、メンバーのモチベーション状態などから再度話し合いの場が持たれ、8月の栂海新道登りはバラシになった。結局ここの連休は北アは豪雨だったので、計画通りに実施できたかは怪しいが。
9月に入り、元のメンバー4人の内3人が日程的に合い、再度栂海新道をやろうという話になった。今回は日程的にも後立山は切り離して、白馬猿倉から大雪渓を登り、村営宿舎か白馬山荘にテント泊、そこから朝日岳を目指し栂海新道で海へ至る下りのルートとなった。
実は、自分は前述の本を読んだ後は、栂海新道は下りでやるのがいいのではないかという気持ちがあった。本には小野さんが "さわがに山岳会" を設立するにあたって、何を目標とするのかが記されており、そこにこのような一節がある。
そして海水パンツをザックの片隅に忍ばせて、高嶺のお花畑から日本海まで縦走してドボンと海に飛び込むのだ。アルプス縦走の果てに日本海で海水浴をして帰るというユニークなコース。単純な我々はそんな夢にワクワクした。こうしてわが会の目標は立てられた。
自分は、このロマンの果てに完成した道を同じ方向でなぞりたいと思った。
かくして9月下旬、テント場と交通の便を押さえ直し、あとは実行を待つだけとなった。
悪天候
例によって天気が悪い。今年最初の冬型気圧配置となり、寒気に覆われるとの予報だった。3泊4日の最初の2日間、アルパインエリアにいる間は冷たい雨と風の予報。縦走に雨はつきものだし、何より今年は8月の大型連休の源流釣りも雨に降られて目的の源頭まで歩けなかったので、もう中止や大型な変更はうんざりだった。決行。誰も中止にしようとは言わなかった。
別にテント泊だけでストイックにやる理由もないので、暴風雨となりそうな初日の夜だけ小屋泊にしようということになった。悪天候予報のおかげというべきか、当初いっぱいで予約できなかった白馬岳周辺の小屋は全て空きがでていた。
初日は大雪渓から登るのではなく、栂池から白馬大池まで登り、そこで小屋泊。翌日三国境から北上する計画となった。
白馬大池は春スキーで訪れた際に完全に雪に埋まった姿を見たことがあるのみで、夏の池の姿をぜひ拝みたいと思っていたので、それはそれで楽しみだった。また船越ノ頭から小蓮華に至る道も美しいと聞いていたので、その稜線も前から歩きたい道の一つだった。予報的には、風雨の中を歩くことになるだろうけど、外れることだってあるだろう。
新宿から白馬まで

金曜の夜、バスタ新宿に集まり、深夜バスに乗り込む。栂池に着いたら、栂池スキー場のゴンドラで栂池自然園へ。そこからいよいよ歩き始める。気温は低く、雨は降っていたが、思ったよりは穏やかだった。
道中、出くわした登山者にどちらまでですか?と聞かれ「我々は大池まで。そちらはどこまで?」と返し、「山荘です。」のような会話があった。「いや、どこの!」と心の中のピスタチオが言っていたが、どうやら白馬山荘のことのようだった。ブルーベリーやらキイチゴをつまみつつ、紅葉が始まりつつある道をのんびり大池まで歩いた。
天狗原・白馬乗鞍岳・白馬大池。春の蓮華温泉にスキーで訪れた場所の冬からは想像もできない姿に驚く。ガスが切れて少し明るくなった瞬間もあり、池の全貌が見れて良かった。山の上に澄んだ水が溜まり、そのすぐほとりにテント場がある。今回は初日は小屋泊だが、またテントで来たいと思えた。でも大池でわざわざ一泊する行程ってどんなのがあるのだろうか。蓮華温泉はスキーシーズン用のお酒のデポをグリーンシーズンに受けつけてくれているので、車で仲間のお酒を蓮華温泉にデポして、大池まで行って一泊。白馬岳を踏んで帰るとかかな。


初日は大して行動時間も長くないので、3人で肉やらつまみやらを持ち寄って宴会をする予定だった。急遽の小屋泊となったので、宴会の食材を昼飯とし、夜は小屋飯。大池山荘は食堂と自炊室が時間によって切り替わるシステムで、食堂が営業してる時間は自炊ができない。晴れてるなら外でやればいいが、雨なので昼飯を作る場所がなくて困った。結局軒下に縮まってコソコソやっていた。もし邪魔になっていたらすみません。外でいいから屋根のある自炊場所を用意してくれると助かるのだけれど。
夜中は雷と風と雨の音がすごかった。我々は3人で一つのフロアレステントという装備だったので、小屋泊でだいぶ楽ができた。

上から夜飯・朝飯・お弁当。贅沢にお弁当まで頼んでしまった。
白馬から朝日岳まで
翌朝には雨が止み、気温が低いものの穏やかな歩き出しとなった。


これは船越ノ頭。春にテレマークスキーで来た時のドロップポイントだ。冬に来た場所にグリーンシーズンに来ると、独特の感動がある。この体験は様々な場所で何度でも味わいたい。下の写真は2025年4月に来た時。1枚目は白馬大池山荘の天辺と煙突。2枚目が船越ノ頭から白馬村方面を見ている。


天気がもっていたのはこのあたりまでだった。
このあとは雨が降ったり、雷鳥に会ったり、急に陽がさしてブロッケン現象が出たり、また雨が降ったりで、雪倉の避難小屋に着く頃にはびしょびしょ。本来爽やかで美しいであろう朝日岳下の水平歩道もガスガスであまり見えなかった。
ずぶ濡れで二泊目も小屋泊にするか迷ったが、予約してないと追加で一人2000円取られるとのことだった。朝日小屋にはすでに8月に計画をキャンセルしたことでデポジットを没収されていて、なんか癪だったのでテント泊にした。(別に小屋に非はないのだけれど。) あと単純に自分が全然現金を持っていなかった。

これがテント。本来は朝日平から美しい景色が望めるはずなのだが、荒野に佇んでいるかのようだ。夜が更けるにつれ雨は弱まり、夜中にトイレで目を覚ました時には満点の星空が広がっていた。テント泊にして良かったね。
朝日岳から栂海山荘へ
翌朝、朝日岳を目指して登り始めると、朝日平が見下ろせるようになる。自分たちがいかに素晴らしい場所で一夜を越していたのかが、その時初めて分かった。荒野のように見えていた場所は日本海に臨んでいて、晴れていれば海に沈む夕日が見えることだろう。そうなれば背後の朝日岳や前朝日岳は夕陽に照らされるのだろうか。水平道のやり直しも含めて、やはりここももう一度来たい場所となった。


朝日岳より北は残雪が残っていたり、池が現れたりと、かなり湿潤な土地だった。冬は日本海から吹き上げる風で、相当な雪が降るのだろう。標高の割に木々の背丈が低く、環境の過酷さが窺えた。

長栂山を過ぎたあたりで撮った一枚。家で写真を見ていたら、たまたま本の表紙と同じ画角で驚いた。お気に入りの一枚だ。

標高を下げていくうちに低山っぽい雰囲気になるのかと思っていたが、幾度となくフラットな地形と池塘が現れ、長く楽しめるとてもいい道だった。黒岩山、さわがに山と踏んで、犬ヶ岳へ。犬ヶ岳までくれば今回の目的の一つとも言える栂海山荘が見えてくる。ここまでの道で、ところどころ痩せ尾根もあったが、トラバースするような場所はほとんどなく、こだわりを持って稜線上に道がつけられたのだろうというのが感じられた。


小屋の中も少し見せてもらった。窓にステンドグラスがあしらわれていたり、小さいながら素敵な小屋だった。テント場は広くはないものの、フラットな芝生の広場で、気持ちがいい場所だった。
朝日山荘から日本海へ
最終日は下山して風呂に入り新幹線で自宅まで帰らねばならない。本当は富山あたりで後泊をしたかったが、メンバーの仕事が忙しく今回それは叶わなかった。
早朝に出発し歩いていると、朝焼けともに港が見えた。

まだまだだいぶ遠くに見えたが、数時間後には海に着いているんだという不思議な感覚があった。この辺りの道は登り返しが多く、4日目ということもあってだいぶ疲れてしまった。長いこと歩いて白鳥小屋へ。白鳥小屋の屋上の展望台に登るのは忘れてしまった。
ひたすらくだって標高を落とす。終盤はさすがに北アルプスという雰囲気はなくなったが、アカヤマドリをとったりして歩きを楽しんだ。
最終盤、低山の生い茂る木々の中から突然真っ青な海が見え、そこからは木の間の明るい景色が全て青いという、普段の山歩きとは違った感覚で興奮しながら歩いていた。
最後の最後に熊も出たが襲われることもなく、登山道が終わり、ドーンと親不知観光ホテルの前に出た。ロード歩きが全くなく、すぐジオパークに出たのは驚きがあった。そこからさらにジオパーク内の階段を下り、いよいよ日本海だ。

下までザックを持っていく必要はなかったが、山ヤとしてザックを背負って海まで降りた。

一番右のドイターの「グラビティ エクスペディション 45+」が自分のザック。今回も頼りになった。海タッチの儀を済ませて、しばらく海を眺めていた。
親不知は北陸道最大の難所として知られ、とてもこんな場所で海水浴はできないのではと思ったが、親不知駅の近くに海水浴場があり、そちらは楽しめるようだ。親不知観光ホテルで日帰り風呂に入り、ホテルの送迎車で駅まで送っていただいた。



とりあえず、北アルプスと日本海を繋ぐ旅はこれで終わり。次は後立山と裏銀座で朝日から槍ヶ岳を繋ぎたい。
実は、糸魚川駅でえちごトキめき鉄道から新幹線に乗り換える際に、カメラをえちごトキめき鉄道の車内に置いてきてしまった。最後に大やらかしをしたが、電話をしたら車内から回収して自宅まで配送してくれた。大変ありがたい…。電話口の受け答えもとても優しく、無事カメラが届いた際に、お礼のメールを送った。